ブレイキンの魅力の1つは、美しい技。B-BOY/B-GIRLはパフォーマンスの中でそれぞれの「美」を追求しています。今回は現役でダンスバトルに挑戦し続けるだけでなく、日本最高峰のダンスバトル「URBAN JUNGLE」を主催し、グラフィックデザイナーとしても活躍されているTenpachiさんが登場。得意とするトリック・ムーブのポイントや、B-BOYとしてのこだわりについて語ってもらいました。
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不安定だからこそ美しい。「斜めの軸」と「角度」を操る
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派手さはなくとも意表をつく。時空が揺らぐトリッキームーブ
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自分が信じる「美」を追求。勝つためだけなら他人に見せる価値はない
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バトルだけでは測れない、ブレイキンの魅力を伝えていきたい
プロフィール
テンパチ
Tenpachi
1987年生まれ。ロサンゼルスのB-BOYクルー「BGSK」、そして日本の「TAKE NOTICE」「DS」「THINK TWICE」に所属。世界最高峰とも言われる日本のブレイキンシーンにおいて、音楽性・独創性・造形美の観点から独自のスタイルを築き、世代を超えて支持されている存在。
また、デザイナー/クリエイターとしても活動し、身体感覚と思想をグラフィックや空間設計、ブランディングに昇華。ブレイキンの本質を探求するプロジェクト「Da Pose」を主宰し、ポーズや構造美を通じて、誰もが持つ表現欲を刺激し解放する取り組みを行っている。
フットワークやトップロックなど、いわゆるパワームーブではない技の表現を突き詰めることで、独自のブレイキンスタイルを確立しているTenpachiさん。ロサンゼルス留学時に見た本場のB-BOY/B-GIRLにインスパイアされた経験が、自分のスタイルの原点になったそう。
「雑なのに、なんかかっこよくて。細かく見ているとさりげない仕草や動きの繋ぎ方に工夫があって、結果的に出で立ちがかっこよくなるんだということがわかった。ブレイキンってそういう良さが出せるんだと衝撃でした」
以前はバトルに勝つため、人と違うことをすることに意識が集中していたというTenpachiさん。留学経験を経てベーシックを見つめ直し、ブレイキンの美しさを掘り下げるなかで、自分なりのスタイルができてきたと言います。
「ブレイキンならではの美しさは、斜めの軸を操るというか、身体的に不安定なバランスだからこそかっこいい動きやシルエットが出せるところだと思います。たとえばウィンドミルは円軌道に身体を乗せながら、スピードと重心をコントロールし続けることで成立するムーブ。止まった瞬間に崩れますよね。こういうギリギリのバランスを攻める動きにブレイキンを感じます。あと、動きの中で生まれる『角度』は、自分のシルエットにおけるアイデンティティの一つ。アンバランスな体勢だからこそ生まれるものもあるし、瞬間瞬間の手や足首の角度をどうつけるかということは意識してこだわっています」

Tenpachiさんといえばトリッキーなフットワーク。一瞬何が起こったのかわからなくなる、それでいてシルエットが美しい動きに定評があります。
「自分が憧れるB-BOYもブレイキンが巧みな人ばかりで、バトルで目を引くような派手な動きよりもそっちにかっこよさを感じてきました。」
そんなTenpachiさんが15年以上やり続けているのが「スネークハプニング」。バトルではここぞ!という時に繰り出す、愛着のあるムーブです。
「首を起点にして跳ね起きをして、蛇がうねるような軌道を描きながら一瞬だけ宙に浮くというムーブです。Flea RockというB-BOYが好きで、彼のムーブを参考に生まれました。彼のは跳ね起きをしてすぐ背中で落ちるというシンプルなムーブだったんですが、目立つ動きではないのにわざわざパフォーマンスの中に入れているのが妙にかっこよくて(笑)。自分は首で跳ね起きをしてみようと仕上げていきました」

「スネークハプニング」は繰り出せば必ず会場が湧くシグネチャー※。見どころは突然発生する一瞬の浮遊です。
- その選手を象徴する技、得意とする技
「回転から予備動作なく、首の力で勢いをつけて跳ぶので、観ている人はなんで浮いたのかわからなくなるんだと思います。いきなり跳ねた!という感じ。首にけっこう負荷がかかるし、ゆるい気持ちでやるとうまく跳ねられないので、やる時は瞬発力が大事。首も勝手に鍛えられているかもしれません(笑)」。
現在開発中というフットワーク「キュビズムコンセプト」は、20世紀初頭に発生した芸術運動・キュビズムの考え方をブレイキンに置き換えたムーブ。ブレイキンの基礎である「6歩」のフットワークを変形させ、さまざまなブレイキンの動きの断片をつなぎ合わせることで、時間がゆらぐような不思議な感覚に。小さい頃から絵が好きだったTenpachiさんならではのアイデアです。
「キュビズムの代表的な画家であるピカソの絵を見ると、対象を前・横・斜めといった複数の視点からとらえた情報が1枚の平面になっているんです。それって異なる“時間”に見えた画を重ねているということ。僕の場合はブレイキンのポーズをその瞬間の構造ごと切り取って、別の時間のパーツと組み替えて再構成することで、時間の流れを飛び越えたような新しい動きの構造をつくることを目指しています」



ベーシックを大切にしつつ、新しい表現にも意欲的に取り組むTenpachiさん。バトルでは自分の美学を信じることが、結果的に勝ちにつながると、経験を通じて学んだそう。
「シルエットを崩してまで音ハメ※ にはいかない。それは自分のセオリーから外れるので、極端に言うと音を無視してでも形を優先します。地味に見えるムーブだったり、音ハメを絶対としないスタンスだったり、自分がやっていることはバトルにおいては無駄な美学だと思われるかもしれません。でもその一見無駄な美学にこだわってきたことで、バトルで勝てるようになった。自分のブレイキンを追求することが、何よりも大事なんだなと実感しています。勝つためだけのブレイキンだったら、他人に見せる価値はないかなって思います」
- 曲の音に合わせて体の動きをはめ込むこと
Tenpachiさんが10年前からオーガナイズしている「URBAN JUNGLE」は、留学中にアメリカで見た異常な熱量のバトルを、日本のB-BOY/B-GIRLにも体感してほしいと始めたバトル。特徴の1つは、ベスト16では3対3、ベスト8は2対2…というようにラウンドごとにバトルに出場できる人数に制限を設ける点。こうした独自のルールや、こだわりのステージングによって、900人以上の観客を動員する業界屈指のイベントに育て上げました。
「人数に制限があることで、出場していない選手は、いま前に出ている仲間に“託す”という感覚が生まれて、一体感が増したように思います。また、1人が出られる回数が限られているからこそ、全員が揃う決勝戦はより盛り上がる。業界の外から見ていると他のバトルとそこまで変わらないかもしれませんが、現場の体感としては、唯一無二なものを作れているんじゃないかと思っています。僕らの影響を受けて、いま若い子もイベントをたくさん開いていて、結構おもしろいのが増えてきている。やってきてよかったなと思っているし、これからも続けていきたいと思っています」

一方でブレイキンの魅力は決してバトルだけではないとも語るTenpachiさん。自らのパフォーマンスはもちろん、グラフィックや言葉を通して、ブレイキンの本質的な魅力を発信しようと試みています。
「バトルはB-BOY/B-GIRLのスキル向上に確実につながるし、積極的に挑戦するべきだと思っています。ただし、バトルでの評価に縛られすぎると、勝敗に直接関わらない所作や、雰囲気・趣といった表現が軽視されがちになり、スポーツ的な要素ばかりが優先されてしまうこともありますよね。例えば、見た目のこだわりよりも動きやすさを優先したり、わかりやすい音を狙ってポイントを取りに行ったりと、勝つことを意識するあまり、踊り方そのものが自然とそちらに寄っていってしまう。僕はパワームーブもフットワークも好きだし、練習もしているけれど、バトルで勝つための動きじゃないところにブレイキンの本当の価値があると思っていて。だから自分が思うブレイキンの美しさを言語化して後輩や観客に伝えることや、グラフィックで表現することにも力を入れていきたいと思っています。ゆくゆくはブレイキンの本質が社会全体に伝わって、アートや広告の表現媒体として使ってもらえるようになったらうれしいです。でっかい目標ですけれど」

自分の美学を追求することで生まれたTenpachiさんのスタイル。洗練されたシルエットの美しさに注目してパフォーマンスを見てみると、ブレイキンの魅力をさらに深く味わうことができます。