彫刻や平面作品、写真など、さまざまな手法でブレイキンの要素をかたちにしてきた彫刻家・小畑多丘さん。自身のブレイキンの経験をもとに作品をつくり続け、その表現は国内外で高く評価されています。前編では、小畑さんの原体験やブレイキンとの出会い、そしてブレイキンの身体感覚がどのように彫刻へとつながっていったのかをたどります。

プロフィール

オバタ タク

小畑多丘

1980年、埼玉県出まれ。2006年に東京藝術大学美術学部彫刻学科卒業、2008年に同大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了。1999年にブレイキンを軸としたヒップホップチーム「UNITYSELECTIONS」を結成。B-BOY彫刻家として木彫をメインに、ドローイングや版画などの平面作品も手がける。国内外で展覧会を開催し、ブレイキンと彫刻をつなぐ独自の表現を発信している。

Instagram: @takuobata

B-BOY彫刻家として活躍する小畑さんのダンスとの出会いは小学生時代。テレビ番組をきっかけにダンスにハマり、高校生の時には兄や地元の仲間と一緒にヒップホップチーム「UNITYSELECTIONS」を結成します。

「小学生の頃、最初はバラエティ番組の『ダンス甲子園』という企画を見て、当時人気だったZOOなどのダンス&ボーカルグループに影響を受けました。高校生の時に兄貴がダンスを始めたことをきっかけに、俺もずっとやりたかったダンスを始めた。そしたら従兄弟や周りの友達も始めたので、みんなでチームを組んで活動していました」

もともと勉強よりも体育や図工が得意だったという小畑さん。美術の道へ進むと決めた時も兄がきっかけでした。

「商業高校だったので、卒業後は就職してサラリーマンになるのが当たり前だと思っていたのですが、兄が美術の予備校に通い始めたんです。それで俺も『好きなことをしていいんだ』って考えが変わって、芸術系の大学を受験することを決めました」

最初は映像の勉強をしていましたが、途中でデッサンの面白さに開眼。その先にあったのが彫刻という表現でした。

「映像の勉強をするなかでクレイアニメを作ったり、絵コンテの練習としてデッサンをやったりしているうちにそっちのほうが面白くなってきて、彫刻科も受けようと決めました。彫刻科の受験はデッサンと粘土だけとシンプルで、学科試験が必要なかったのも助かりましたね(笑)。三浪の末に東京藝術大学の彫刻科に入学して、木彫、石彫、粘土、金属の4つの手法を勉強。その中から木彫を選んで、現在に至るという感じですね」

自らをB-BOY彫刻家と称し、予備校時代も学生時代も作品のモチーフは一貫して「ブレイキン」。イメージとして抽出するのは華やかなパワームーブではなく、自らがプレイヤーとしても追求し続けた、フットワークなどの繊細なムーブです。

「フットワークがすごい好きで、立ち踊りやタット※も好き。昔は大技さえやれば『かっこいい』と評価される雰囲気があったけれど、それは『すごい』ではあっても『かっこいい』じゃないなということが、ブレイキンをやり続けるうちにわかってきた。踊り手としても、アートでも、俺が表現したいのは俺が思う『かっこいい』ブレイキンなんです」

  • 手首や指先、肘などを細かく動かして、パズルのように見せるダンス

小畑さんが1番好きなムーブは、ブレイキンの基本的なフットワーク「3歩」。自分が練習する時も手足の先まで角度や動きを作り込み、全体のシルエットをどう見せるかにこだわっていたそうです。

「『3歩』の時は余った手をどこに置くか、カギ足や内股の角度をどうするか、などを徹底的を突き詰めていましたね。あとはトップロックからさりげなく床に入る流れのパターンを何種類も考えたり。細部の動きへのこだわりは彫刻にもそのまま表現されていると思います。俺がパワームーブ系のB-BOYだったら、全く別の作品ができていたでしょうね」

また、ファッションもダンスの形をつくる大事な要素の1つ。フットワークが映える、昔のROCK STEADY CREW※のような細身のスタイルにも影響を受けます。

  • 1977年にニューヨークで結成された、伝説的なB-BOY集団

「最初はヒップホップ=オーバーサイズでダボダボの服だと思っていたんですが、映画の『ビート・ストリート』やROCK STEADY CREWを見て、『本物のB-BOYって細いんだ!』って自分の中で革命が起きて。ハットをかぶらずに頭に乗せる感じとか、そういう絶妙なバランスもかっこよくて、自分も真似していましたね。冬場はダウンジャケットを着ながら踊る塊のようなシルエットが面白いし、白いスニーカーや手袋を使うのも身体の先端を際立たせる視覚的なギミックだったり。自分が反応したブレイキンやダンスのファッションも作品の中に入れ込んでいます」

小畑さんがブレイキンで特に美しさを感じるのは、細部まで研ぎ澄まされた動きが、絶妙なバランスでホールドされるフリーズの瞬間。

「ブレイキンの動きの流れの中で、カチッと音ハメしてフリーズする瞬間ってすごく彫刻的ですし、一瞬だけ非現実な景色が生まれる。それが他のダンスにはない面白さだと思っています」

彫刻の元になるのは大量のスケッチ。大型作品を制作する時は、何冊も描くこともあるといいます。モデルは使わず、頭の中でイメージしたシルエットをとにかく描き起こしていきます。

「モデルを使うとそれに引っ張られすぎて、自分が表現したいシルエットが生み出せなくなるんです。でも、リアルな人間の動きをそのまま彫刻にするのでは面白くない。俺の彫刻は基本的には人体の具象化なんですが、自分がどんなシルエットが好きか、どんなファッションが好きか、そしてそれが自分のB-BOY像にフィットしているかを大切にしています」

良いスケッチが生まれると、今度は360度さまざまな角度のパターンで描き尽くす。垂直や水平のバランス、自分なりの角度の黄金比を検証し、立体にした時の細かな部分を詰めていきます。

「俺の彫刻は等身大でかつ、自立することも特徴です。B-BOYにとってフロアは大事なものなので、作品自体が自分でフロアに立っていることは絶対条件。また、等身大であることで、見た人が一瞬『あれ?』と変な感覚になることも狙っています。水平垂直を入れることで全部の作品に一体感が出るし、動きがフリーズした一瞬の緊張感にもつながるんです」

小畑さんの作品の根源にあるのは、誰かの評価ではなく、自分自身が美しいと感じたブレイキンの動き。それは流行のスタイルや派手な技ではなく、彼のB-BOYとしての原体験にある「細部の美」でした。後編では、小畑さんがどのようにブレイキンを拡張させ、作品に落とし込んでいるのかをさらに深堀り。彫刻以外にも広がる、多彩なアートを紹介します。