ブレイキンのエッセンスを彫刻やドローイング、写真など、さまざまな手法で表現する彫刻家・小畑多丘さん。彼の作品には、ダンスで培った感覚と、身体への鋭い洞察が込められています。後編では、小畑さんがどのようなアプローチで作品を制作しているかを深堀り。アートとブレイキンを行き来する表現について迫ります。

プロフィール

オバタ タク

小畑多丘

1980年、埼玉県出まれ。2006年に東京藝術大学美術学部彫刻学科卒業、2008年に同大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了。1999年にブレイキンを軸としたヒップホップチーム「UNITYSELECTIONS」を結成。B-BOY彫刻家として木彫をメインに、ドローイングや版画などの平面作品も手がける。国内外で展覧会を開催し、ブレイキンと彫刻をつなぐ独自の表現を発信している。

Instagram: @takuobata

小畑さんは頭の中のイメージをもとにスケッチを重ね、あらゆる角度から検証しながら、理想とするB-BOY像を立体へと落とし込んでいきます。B-BOY彫刻は、そうしたプロセスを経て生まれた一作であり、細部へのこだわりと自分なりの黄金比に基づいたシルエットが、小畑さんの美学を体現しています。

「これは上半身が立ち踊りで、下半身はブレイキンという、異なるスタイルの融合を図ったポーズ。左右の手がねじれる『回外』と『回内』という動きや、縮むと張るという2つの相反する要素も混ぜているんです。また、全体的に水平と垂直のラインをしっかり取っていて、ゴーグルと帽子を拡張することでそれを強調させています。人間の動きをそのまま作っても面白くないから、人体的にギリギリ実現可能なポーズでありながら、ある部分はデフォルメする。その絶妙なバランスを探るのが面白いところです」

細身のシルエットのファッションも、前編で語った小畑さんの好きなB-BOYスタイル。イメージから生まれる形とはいえ、自身のB-BOY観から外れていないか、ということだけは常に意識します。

「奇をてらったような彫刻にも魅力はあると思いますが、自分は『それで何を伝えるのか?』ということを大切にしたい。俺の作品は、俺がブレイキンをやっている中で影響を受けたスタイルだったり、時代だったり、自分の興味がどこにあったかを表現している。もし自分が踊っていなかったら作れなかったですね」

B-BOY彫刻のようなキャッチーな作品をつくる一方で、ブレイキンをさらに拡張させた抽象作品にも挑戦している小畑さん。表現方法は彫刻にとどまらず、写真や映像、ドローイングと自由に選んでいきます。

「B-BOY彫刻ってキャラクターっぽいじゃないですか。それが俺の中で葛藤になるわけです。色々な思考を詰め込んで、どれだけ攻めていても、『フィギュアっぽいね』とか、『コンセプトはあるのか?』とか思われている気がして。だからもっと抽象的な作品を作りたいと思いました」

こうして誕生した彫刻が「BUTTAI」シリーズ。一見ブレイキンと関連がなさそうに見えますが、ブロックにはオールドスクールのファッションを象徴するファットシューレースの形が彫られています。映像作品にも登場していたモチーフで、ブレイキンの要素を取り出して“物体”として表現した作品です。

さらにこのブロックを抽象化させようと思いついたのが、“無重力状態”を表現すること。具象作品である彫刻が重力に従ってフロアに置かれるなら、抽象作品であるブロックは無重力状態にして対比させようというアイデアです。とはいえ、どうやって無重力状態を表現するのか。小畑さんが選んだのは“宙に投げて写真を撮る”という方法でした。

「投げて写真を撮ってみたら、すごい面白くて。ブロックが上に上がる時は俺の力だけど、落ちてくる時は地球の力がかかっている。行きは俺で、帰りは地球。その間にある行き帰りの間の一瞬が、もっとも無重力に近い状態なんじゃないか?って思ったんです。写真は一瞬を切り取ることができるから無重力に1番近い状態で保存できる、と思ってやり始めたのがこのシリーズなんです」

常に「これはどうなっているんだろう」と問いを立てるのが、小畑さんのクセなんだそう。この思考回路が多彩なアート表現に繋がっているのはいうまでもありません。

もう1つ、小畑さんの代表的な作品がドローイング。制作のプロセスは彫刻的であり、ダンス的。小畑さんが長年向き合ってきた“動き”に関係する気付きから生まれた、ユニークな方法で制作されています。

その気付きは、動きとは“量の移動“であるというもの。ある日、木彫で出た大量の木くずをドラム缶で燃やしていた小畑さんは、木くずは形を変えただけで、なくなったわけではなく、循環しているのではないか?と考えます。

「木くずという物質はなくなったわけではなくて、形を変えて移動しただけ。それってつまり“量の移動”だなと思ったんです。そう考えると、すべての動きは量の移動だと言い換えられる気がして。ダンスも俺という“量”が空間を移動すること自体が、ひとつの作品になるものだと解釈できたんです」

小畑さんのドローイング作品は実際に“量の移動”を行いながら制作されていきます。2枚のキャンバスを用意し一定量の塗料を片方に塗る。次にヘラでキャンバスの塗料を削り、もう一方に塗りつけ、その逆も繰り返す。左右のキャンバスの間で塗料の移動を続けるうちに、2枚の絵が完成するというものです。

「あらかじめ塗料の量を決めておくことと、削って塗るという行為はすごく彫刻的。木彫も彫る前の木材の量は決まっていますから。塗料の量を移動させることで絵ができていくわけですが、俺自身という“量”も、2つのキャンバスの間を移動しながら絵を描いていくんです。この動きはダンス的と言えますよね」

B-BOYとしてブレイキンを追求してきた小畑さんは、その探究を彫刻というフィールドへと移し、さらに“動き”そのものを深く考察する中で、“量の移動”という独自の気付きにたどり着きます。ブレイキンを思考し続けるなかで、その解釈も、表現手法としてのアートも拡張されていきました。最後に、ブレイキンだけをモチーフに制作を続けるなかで、アイデアは枯渇しないのかと尋ねると、最高にプロフェッショナルな答えをくれました。

「クリエイティブってそういうことだと思ってます。『俺はブレイキンだけをモチーフにしているけれど、こんなにアイデアあるんだけど』っていうのがクリエイティブ。『これ飽きたからやんない』っていうのは、クリエイティブじゃないからだって思ってます」

小畑さんがクリエイティブでいられるのは、ブレイキンという表現が限りないアイデアを引き出してくれる存在だからかもしれません。その魅力を掘り下げ、拡張してくれる小畑さんのアートから、今後も目が離せません。